1月22日は何の日?生田絵梨花(乃木坂46)/柔道 斉藤仁氏がんで死去

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1月22日生まれの生田絵梨花(乃木坂46)や

柔道 斉藤仁氏 がんで死去

についてまとめていきます。

 

 

 

2015年1月22日は友引の日

2015年1月22日は友引の日

なんですが、いったい何の日

なのか、まとめてみます。

 

飛行船の日

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1916年1月22日に、初の国産飛行船である陸軍の「雄飛号」が所沢~大阪間で実験飛行を行ったことに由来しています。

 

ジャズの日

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JAZZの”JA”がJanuary(1月)の先頭2文字あり、”ZZ”が”22″に似ていることから。東京都内の老舗ジャズクラブのオーナーらによる「JAZZ DAY実行委員会」が2001年から実施しています。

 

カレーの日

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1982年、全国学校栄養士協議会が学校給食開始35周年を記念して1月22日の給食のメニューをカレーにすることに決められ、この日、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されました。

 

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あの有名人・芸能人の誕生日だった?

1月22日は、あの有名人の誕生日でした。

どんな人物がいるのか、まとめていきましょう。

 

生田絵梨花(乃木坂46)

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日本のアイドル。

女性アイドルグループ乃木坂46のメンバー。

愛称 いくちゃん。

ドイツのデュッセルドルフ生まれ、東京育ち。

 

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2015年1月22日木曜日のニュース

2015年1月22日はどんな、

出来事があったでしょう。

 

柔道 斉藤仁氏 がんで死去

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柔道の斉藤仁氏が、がんで死去しました。

斉藤仁氏はいったいどんな人物で

どのような功績をあげたのか?

まとめていきます。

 

斉藤 仁

日本の元柔道選手。

ロサンゼルスオリンピック95kg超級金メダリスト。

ソウルオリンピック柔道競技男子95kg超級金メダリスト。

段位は七段。

現在柔道コーチ。

国士舘大学体育学部教授。

国士舘大学柔道部監督。

青森県青森市出身。

 

エピソード

全日本柔道選手権大会における、山下泰裕9連覇の最後の3年間の決勝の対戦相手でした。

 

獲得メダル

オリンピック

  • 1984年 ロサンゼルス 95㎏超級 金メダル
  • 1988年 ソウル    95㎏超級 金メダル

世界柔道選手権

  • 1983年 モスクワ   無差別級 金メダル
  • 1985年 ソウル    95㎏超級 銀メダル

アジア大会

  • 1986年 ソウル    95㎏超級 金メダル

アジア柔道選手権

  • 1981年 ジャカルタ  95㎏超級 金メダル
  • 1984年 クウェート  95㎏超級 金メダル

 

斉藤仁さん、石井慧選手育てた熱血指導 「殺されるかと思った」

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 柔道の男子95キロ超級で1984年ロサンゼルス、88年ソウルと五輪2連覇を達成した斉藤仁さんが20日、54歳で死去しました。89年の現役引退後は、2004年アテネ五輪で日本代表男子の監督を務め、メダルラッシュに貢献しました。母校の国士舘大学柔道部監督として育てた石井慧選手は、08年の北京五輪で金メダルを獲得後、総合格闘技の世界で活躍しています。

教え子の石井選手は斉藤さんの指導法について、多くを語っていません。ただ、「オリンピックのプレッシャーなんて、斉藤先生のプレッシャーに比べたら、への突っ張りにもなりません。全日本のチャンピオンなので、自分が負けたら日本の負けだと、斉藤先生から耳にたこができるくらい言われていました」と話していました。

史上最年少で制した06年の全日本柔道選手権では、最後に時間稼ぎをして勝った準決勝の試合後、石井選手は斉藤さんに「あんなのはお前の柔道じゃあないだろう」と怒られたといい、「殺されるかと思った。出来れば、やり直したい」と振り返っています。

石井選手がプロの総合格闘技に転向した後も、斉藤さんはエールを送り続けました。2009年12月31日、柔道五輪金メダリスト同士の対決となる吉田秀彦戦でプロデビューします。対戦前、斉藤さんに「試合を見にきてほしい」とのメールを送ると、斉藤さんからは「プロの世界は勝ってなんぼ。自信を持って戦え」との返信が届いたと、日刊スポーツは伝えています。石井選手は「ありがとうございます。勝負にこだわります」と返したそうです。

相次ぐルール改正に振り回され、なかなか世界で好成績を挙げられない近年の日本柔道。斉藤さんは体調を崩して昨年末から入院していましたが、全柔連強化委員長として、日本柔道の再生を願っていました。

石井選手は20日夕、自身のツイッターで「遠くオランダの地で訃報をきき驚いています。心よりご冥福をお祈り致します」とつづっています。

引用元:withnews

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斉藤仁さん 最近はやつれ志半ばで…山下氏沈痛「もっとやりたかったことが」

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 柔道男子重量級で一時代を築いた斉藤仁さんの訃報に、柔道界は悲しみに包まれた。東京都文京区の講道館にある全日本柔道連盟(全柔連)には20日、山下泰裕副会長が姿を見せ、沈痛な面持ちで会見した。

山下氏は「現役時代最大のライバルでした。新しい強化委員長になって、もっともっとやりたいこと、やらなければいけないことが彼の頭にいっぱいあったと思う。笑顔で安心して見てもらえるようなそんな柔道界を作っていく」と志半ばで倒れた故人の死を悼んだ。

日本代表監督を務めた斉藤さんをコーチとして支えた天理大の正木嘉美教授は「指導者になってからの付き合いの方が親密だった。とても繊細な人。ショックで…」と肩を落とした。

正木教授は亡くなる9日前の11日に病院へお見舞いに行ったが「10分ほどしゃべった。やつれていた」と早すぎる死を悲しんだ。

引用元:スポニチアネックス

 

斉藤仁さんの訃報に、心よりご冥福をお祈り致します。


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